竹村泰子の思い
(2000.12.08)

日本国憲法が私たちの生活の基本であることを再確認しましょう

   日本国憲法の平和主義を守るとともに、日本国憲法が、国の最高法規であるとともに、私たちの生活の基本であることを再確認しましょう。

 昨年の5月、第一回ハーグ世界平和会議(1899年)の百年を記念するハーグ平和アピール世界市民会議で、「すべての国の議会は、日本国憲法第9条にならって、政府が戦争を禁止する決議を採択すべきである。」との提起がなされました。一方、わが国の国会ではこの年の7月、衆参両院に『憲法調査会』を設置するという国会法の改正がされました。そして今、国会で、議論がすすめられています。ちなみに、この『憲法調査会』の設置が決められた145国会は、新ガイドライン法、盗聴法、国旗・国歌法、国民年金改正法などの、国民の意見をニ分する問題に関する法律が充分な議論をつくさないまま、次々と強行成立させられた「歴史に残る」国会でした。

 たとえば、新ガイドライン法は明らかに、アメリカの戦争に日本が官民あげて事実上戦争協力するための法律といえるでしょう。いま、小樽をはじめ全国各地の民間港湾に、アメリカの空母などが「親善」と称して来航したり、また、矢臼別などでは米海兵隊の軍事演習が毎年行われたりしています。小樽市などの例をみてもわかるように、憲法で保障されている地方自治の本旨を強引にねじ伏せて、既成事実づくりがすすめられています。

 これらの事実を踏まえて、日本国憲法の問題を見つめなおすと、現在、この国憲法を改正しようとする人びと、勢力の意図が透けてみえてきます。それは「国際貢献」を大義に、戦争を肯定し戦力を認知する憲法にかえ、アメリカの国益を優先した攻撃的、侵略的な戦争に制約なしで参加できるようにしようというものだと思います。 

 確かに憲法といえども、規定と現実に大きな隔たりがあれば、それを修正する必要はあると思います。それぞれの時代に即した新しい規定を設けていく必要はあると思います。しかし、私は日本国憲法第9条の改悪に的をしぼった憲法改正には反対です。まして、昨今のように、教科書では過去の侵略戦争が、「進出」と書きなおされたり、その侵略戦争を肯定、美化するような皇国史観が声だかに叫ばれ、戦争を肯定し、国(国益)のためには命をささげよという論までが幅をきかすような現状ではなおさらです。              

 私がかかわっている多くの課題と憲法との問題というか、それに関連して憲法について検討すべき点はたくさんあります。たとえば、永住外国人の参政権問題とか、巻原発や吉野川可動堰問題などにみられる住民投票について、そして、9条についてもそうだと思います。だから、改正しなければとなるのではなく、これらそれぞれの問題に対応する法律をつくっていけば、私は憲法の規定と現実との隔たりは修正されていくと思います。みなさまもご記憶のことと思いますが、私は、先日パレスチナの戦闘で銃撃にさらされた12歳の少年が、助けを求めて父親にすがり、その直後うたれて傷ついた父親のひざの上で自らも絶命するという、大変悲しく、ショッキングな映像が忘れられません。

 私は日本の、そして世界の、平和を、平和主義を守っていくために、国会の憲法調査会まかせにするのではなく、大いに議論を深め、日本国憲法をそして第9条について、真に国民の総意に基づく最高法規であるということの確認作業をさらに進めていくことを、みなさまに訴えます。

   
矢印のアニメですメールは、go@yasuco.comまで。
 
 

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