龍谷大学教授 田中宏
社会の「国際化」は避けられないが、それをどう理解し、どう考えたらいいの か、日頃感じていることを綴っってみたい。「国際」というからには、国籍や国 境が頭に浮かぶ。昨年春、講義に入る前に、学生に簡単な質問をしてみた。、1 年間にどれくらいの日本人が外国に渡航しているか、に対する答えは、50万、 100万、200万、300万などであった。次に、どれくらいの外国人が日本 に入国しているか、に対する答えは、100万、200万、300万などであっ た。
98年統計によって、前者が1580万人、後者が366万人打であることを 示すと、学生は一様におどろいたようだ。要するに、国内にいる外国人には、妙 に敏感なのに、海外に出る日本人には意外と鈍感なのである。98年の「海外邦 人援護統計」によると、外国で犯罪を犯した日本人の受刑者に対する在外公館の 援護が、対前年比63パーセントも増えている。しかし、この事実はほとんど知ら れていない。(外務省が定期発表したものだが、報道したのは99年6月18日 付日本経済新聞だけだった。)
日本は外国人労働者は受け入れない。とされているが、現実はさにあらずであ る。10年前の入管法改正の際、「日系人」については就労を自由化したのであ る。そして、98年末、その外国人登録数はしでに約26万人に達している。す なわち、日系人に特化した形で、外国人労働者の導入政策にすでに移行している のである。
日系人がもっとも多く居住しているのは愛知県で4万5千人、次いで静岡県が 3万5千人である。愛知県にはトヨタが、静岡にはスズキ、ホンダ、ヤマハが、 それぞれ生産拠点を持っている。日本が世界に誇る自動車産業の下請け、孫受け が、就労が自由化された大量の日系人を吸収していることが、日本の現実なので ある。
愛知では、97年、14歳のブラジル人少年が日本人の少年グループに撲殺さ れるという「事件」が、静岡では、98年、ブラジル人女性が宝石店で入店を拒 否されるという「事件」が、それぞれ起きてえいる。偶然と見るべきではなかろ う。入店拒否はブラジル人女性によって裁判に持ち込まれ、99年10月、静岡 地裁浜松支部は、日本が批准した「人種差別撤廃条約」を活用して、精神的苦痛 の償いを命ずる画期的判決を言い渡した。
「人種差別」といえば、第1次大戦後のベルサイユ講和会議で、日本政府代表 が「人種差別撤廃」を提案したことは、有名である。かつて貧しかった日本は、 多くの移民を送り出したが、最大の行き先はアメリカだった。しかし、そこは人 種差別の国であり、日本人移民が受ける差別、冷遇を苦慮した日本政府は、人種 差別撤廃を訴えざるをえなかったのである。
いわく、「すべての国家の人民に対し、その人種及び国籍の如何により、法律 上叉は事実上、何等の区別を設くることなく、一切の点のにおいて均等公平の待 遇を与うべきことを約す」と。1919年2月のことである。「差別される国」 としての、せいいっぱいの発信であるが、受け入れられなかった。
時は下って、戦後の日本には60万余のコリアンが、さらに今では多くの外国 人労働者が生活している。しかし、日本はそこでは、「差別する国」として君臨 しているのではなかろうか。(「部落解放」2000年7月号より転載)